音楽との出会いの経験を

Last-modified: Sun, 30 Dec 2007 10:15:04 JST (3799d)

 「『教育は生まれた日から始まっている』というダーウィンの言葉は事実です。それと共に私は、『生まれた日から育てそこなわれ始めてゆく』ということを付け加えておきたいのです」(音楽教育研究'67-1ー新しい音楽教育の時代ー鈴木鎮一)

 学習意欲をどう高めるか、という執筆題について思いをめぐらせ始めたとき、最初に浮かんだのがこの言葉であったのは、いささか皮肉なことといわねばなるまい。かって、高校教師であった頃の私は、「高校教師とは、常にできそこないを押し付けられる哀れな存在だ」と感じていた。現在の立場にあって、小学校や中学校の現場教師のひたむきな努力をつぶさに見る時、かっての私の考えが、いかに思い上がった独善的なものであったかを思い知らされ、自責の念にかられている。

 しかし、「育てそこなわれる」事実があることは否定できないし、教育に携わる我々が、「育てそこなう」行為に参画している場合がないとは言えないのではなかろうか。そこで私は、「学習意欲を阻害するもの」に視点を置いて考えを進めることにしたい。

学習意欲とは

 音楽科における学習意欲とは、歌唱を例にとれば、「歌おう、歌いたい」という意欲であると言えよう。従って、学習意欲を高めるとは、「歌いたくなる」ような条件設定をしながら、その歌った経験が「もっと歌おう、よりよく歌おう」という意欲に発展するように仕向けることである。そして、この意欲に支えられて、よりよく歌うための技能や知識が獲得されて行くのが、音楽学習の本来の姿なのであり、指導が成立するのも、そのような過程においてである。

ある教室

 ある中学校の音楽教室に、40人ばかりの生徒が集まって、これから始まる音楽の授業を待っている。大きい子、小さい子、太い子、細い子、それぞれに10幾年かの異なった生活経験を持つ生徒たちである。いまかりに、この教室に入って来た音楽教師が、そこにいる40人の生徒たちの40通りの、この授業に対する期待や意欲や、あるいは無意欲・無関心を克明に察知する超能力の持ち主だったとしたらどうなるだろうか。

 真剣に教育に取り組んでいる教師ならばだれでも、生徒の一人一人を生かす授業がしたいと考え、努力しているであろう。そのために、今、自分が指導している生徒たちが、何を考え何を望んでいるかを知りたいと願っているであろう。しかし、その願いが完全に果たされたとき、その教師は果たして授業が出来るだろうか。40人の生徒たちの40通りの異なった要求に、同時に応ずることが可能だろうか。

学習意欲を阻害するもの

 1の項で、音楽科における学習意欲を、歌唱を例として「歌いたい→より良く歌いたい」という意欲であるとした。従って、学習意欲を阻害するものとは、「歌いたい」という気持ちを起こさせない原因、あるいは、せっかく起こった「歌いたい」という意欲を、「歌いたくない」という気持 ちに変化させてしまう原因であると言えよう。

 これらの原因は、学習者である生徒自身にある場合と、その生徒以外に起因するものとがあり、さらに他に起因するものとして、同じ学習集団に属する他の生徒によるものと、指導する教師の責任に帰するものとに類別できよう。他の場合はさておき、教師の責任に帰せられるべき原因について検討を加えようとするなら、我々はどうしても、前項の課題と対決しなければならない。

 超能力など持ち合わせなくて幸いと考えることは、あまりに安易であろう。教師がそれを察知しようがしまいが、40通りの要求は、事実あるのである。あるからには対処しなければならない。それを無視した教師は、「育てそこなう」行為に参画する犯罪者に成り下がる。

ある指導案

 ある小学校の先生から、校内研究会の授業のための指導案について相談を受けた。やや分量が多いきらいはあったが、細かな配慮の行き届いた指導案であった。そのとき先生から、「トライアングルはどこを打つのが正しいのですか」と質問された。「あちこち打ってみて、一番良い音がしたところを打てばいいでしょう」と私は答えた。先生は困惑した表情であった。その指導案は「トライアングルの正しい奏法を指導する」ことから始まっていたのである。先生はそのまま帰られた。

 校内研究会の当日になった。いささか無責任な助言をしたことを後悔していた私は、多少の気まずさを感じながらその学校を訪れたのだが、配布された指導案を見てほっとした。「トライアングルの正しい奏法をくふうさせる」とあったのである。

 「指導する」と「くふうさせる」の違いは、授業が開始されて直ぐ明瞭になった。「こう持って、ここを打ちなさい」という一言で指導できる筈の内容に、その授業の大半の時間を要したのである。その結果、指導案に示された学習内容は、やっと、半分程度をこなしただけで終業の合図が鳴った。授業後の反省会では賛否が相半ばであった。

 確かにその授業は、欠点の多いものであった。直前になって内容が変化したため、擬音伴奏によって歌唱をより楽しくするというその時間の狙いが不明確になったのは事実であり、立案された内容の半分が次時に持ち越されたことは、批判される余地はあろう。しかし、40人近い子供たちが、一斉にじっと耳を澄ませてトライアングルの音色に全神経を集中していた姿は、すさまじい 迫力を持って私の心を揺すぶった。

 児童たちの得た結論は、専門の打楽器奏者にとっては自明のことであるかもしれない。しかし、その結論を得る過程においてこの授業は、みごとに子供たちを育てたと言える。打つ場所によって音色が変わることを知った驚き。大多数の者が同じ場所を指定することによって、自分たちで奏法をくふうできたという喜び。「こうしなさい」と教えられるよりもはるかに印象深くその奏法を記憶することが出来たであろうし、たとえ忘れたとしても、その授業の過程までも忘れてしまわぬ限り、自分でもう一度同じ過程をたどって、最も美しい音色を探し出すことが出来るであろう。そしてまた、次の音楽の時間には、自分たちで探し出した美しいトライアングルの音色に支えられて、素晴らしい表現活動を意欲的に展開したであろう。

音楽との出会い

 音楽学習に対する意欲を支えるものは、音楽による感動である。そして、その意欲を決定的に高めるものは、音楽との出会いの経験であろう。数年前のこと、学年末に近い鑑賞の時間に、年間を通して最も印象に残った曲のアンケートをとった。どのクラスも共通して最高の票数を得たのは、モーツァルトの「フルートソナタ ヘ長調K13」(正確にはピアノとヴァイオリンまたはフルートと、チェロのためのソナタ)であった。そしてその理由の中に、「人間の素晴らしさを教えられた」とあったことが、私の心を強く打った。

 2学期の半ば頃だったか、そのレコードを入手した私は、その美しさに驚嘆して直ぐ翌日それを教室に持ち込み、モーツァルトの少年時代をやや熱っぽく語った後でこの曲を聞かせたのだったが、異様なばかりに強い反応があった。

 このフルートソナタが、生徒たちの心にそれほど深く印象づけられた理由は、それが、ままごと遊びからも抜け切らぬ8歳の子供によって作られた作品なのだという意外性であろうと思っている。その時間、私は何も教えはしなかった。作品が勝手に、意外性というくさびを武器にして生徒の魂に迫ったのである。そして、幾人かの生徒はその時間に、8歳のモーツァルトに導かれて、音楽との出会いを経験したと、私は信じている。

教師の立場

 われわれが授業について反省する時、先ず考えることは、この時間自分は何を教えようとしたのか、そして何を教え得たか、ということではないだろうか。それは、次の時間には何を教えねばならないかに発展し、教えねばならないという焦りともなる。何を教え得たかではなく、その時間が生徒たちにとって、どのような意味があったかと反省することの方が、より重要なのではなかろうか。生徒と音楽が直接に交わり、対決する時間の中で、何が残されたかが問題なのではなかろうか。

 40通りの異なった要求に対して、たった一人の教師が同時に応じることなど不可能であろう。しかし、音楽にはそれが出来る。40人の多様な要求をそのまま直接、音楽作品に対して投げかけるように仕向けることが必要ではないか。われわれは教えようとするあまり、不用意に生徒と音楽との間に割って入り、その直接の交流を妨げてはいないか。どのような機会をとらえて、何をどのように教えるのか、ということについての教師の構えは、当然のことながらつねに生徒の側に立って発想されなければならない。

 「われわれが教え得るものは、音楽の知識や技術である。しかし、知識や技術それ自体が直接の目的ではなく、それは“楽しく歌う”ための手段である。いっぽうでは、この手段を自分のものにしようとする意欲が生じるようにはたらきかけながら、そのような意欲が生じたときにこそ、それらを合理的に教えなければならないだろう。だから教えるということが成立するのは、そのような意欲が生じたときであるといえるだろう」(音楽教育学序説 第1章歌唱指導論ー小山章三)

岡山県教育庁指導課指導主事時代 小学館発行 教育技術「中学教育」1968年9月号による