雑木林

Last-modified: Sun, 16 Dec 2007 10:42:03 JST (3813d)

 僕の高校生活には、共通の時間割はなかった。体育や音楽などの僅かな一斉授業のほかは、殆どの科目は自学の形で行われていた。

 学年の初め、生徒たちは、あらかじめ定められた科目別の時間数割当に従って自分で時間割を組む。そして、必要な用具を持って各教科の研究室に行って自習をするのだ。教室の後ろにはそれぞれ関係科目の書架があり、先生は教室の正面の丸机に座って生徒の質問を待っている。

 公然とはさすがに出来なかったが、殆どの生徒の時間割の中には、散歩の時間や、いささか早すぎる昼食の時間などがこっそり組み込まれてあった。出席簿などなかったから、特権を大いに利用したわけだ。

 僕らの仲間の時間割には、雑木林の時間があった。僕の母校玉川は、武蔵野の西南のはずれ、雑木林に覆われた丘陵地帯にある。一歩校舎の外に出れば武蔵野の四季が待っていてくれるわけだ。雑木林の葉ずれの音は、分厚い参考書と首っ引きの僕らにとって、優しい誘いの言葉だった。そんな時、あちこちの机から、仲間たちの顔がそっと挙げられる。暗黙のうちに連絡が行き渡ると、一人、二人と、水際立った静けさのうちに教室を抜け出す。それから僕らの、雑木林の時間が始まるのだ。

 春、林の中の小さな芝生に寝転んだ僕らは、それぞれに夢を語り合った。辺りの木々からひしひしと感じられる緑の息吹は、僕らの夢物語に快い雰囲気をかもしてくれた。南米での農場経営を夢見ていたH君は、北大を出て今はひとまず北米で夢を温めている。エンジニア志望だったI君は工大を経て望み通りエンジンの設計図とにらめっこだ。ホテル支配人の息子のT君は、英文科を出て二代目修行中、目下のところボーイをやっている。僕は……これもまず望み通りと言って良い。

 雑木林の緑が深まると、僕らは涼しさを求めて木陰に入る。抱えて来た本を枕にいびきをかく仲間もいる。林の中を歩き回ると木イチゴが実っている。それぞれが子供のように秘密の場所を持っていて自分の場所の良さを主張するのだが、いつの間にかすぐ共有のものになってしまう。甘酢っぱいいちごの実をほおばりながら歌を歌う。雑木林の梢の揺らぎが僕らのコンダクターだ。

 晩秋の雑木林を歩くと冬の足音が聞こえる。散り敷いた落ち葉の上に印す一歩一歩が近づく冬の足音を伝えるのだ。拾い残された栗の実を取り上げて口に含むと、淡く霜の香りがする。

 僕の高校生活にとって、雑木林の時間は、教室の中での幾時間の価値に比べて、決して空虚なものではなかった。雑木林は何も語らなかったけれど、僕らはそのたたずまいの内に人生への多くの啓示を感じとった。僕の体の中にいつも流れている或る旋律も、あるいは、雑木林から与えられたものなのかもしれない。

      昭和33年秋(1958年)、岡山東商高文学部機関誌「東流」第4号による