ヒーツイング散策

Last-modified: Sat, 17 Jul 2010 15:54:24 JST (3017d)

 5月3日。3度14度、快晴。福原氏の案内書を片手に、ヒーツィング(13区)散策へ。

 まず、ヴァーグナーが「ニュールンベルクのマイスタージンガー」を作曲した住居に行った。「Im diesem Hause schuf 1863 - 1864 Richard Wagner während der trübsten Zeit seines Lebens an seinem sonnigsten Werke: <Die Meistersinger>. Von treuen Freunden gestiftet 1902」と左向きの胸像の下に表示されたパネルが、黄色の建物の壁に取り付けてあった。

 当時は貴族の館だったというだけあって、宮殿のような立派な建物だった。ヴァーグナーがこの家に住んだのは、バイエルン王ルートヴィヒ二世と巡り会う直前の時期に当たるわけだが、「trübste Zeit」という表現にはやや誇張を感じる。「マイスタージンガー」を形容した「sonnigsten Werke」との韻を踏んだ対応だろうが、献額者が「treue Freunde」となっているので、いわばヴァーグナーフアンによるものなのだろう。

 有名な建築家オットー・ヴァーグナーが設計した皇室専用のシェーンブルン駅舎に寄り、続いて、建物の左端に「T. エジソンが泊まった」という表示のある「パークホテル・シェーンブルン」に行った。宮殿の電気工事の為にヴィーンに来ていた時に泊まっていたのだそうで、もっと以前はドムマイヤーという舞踏会場だった建物で、J.シュトラウス二世もよく出演していたようだ。

 同じ通りをシェーンブルン庭園沿いに進んで、シュトラウスが「こうもり」を作曲した家に行った。これもなかなか立派な建物で、当時のシュトラウスの羽振りの良さが窺える感じだった。少し引き返して右の脇道に入り、かなり歩いてベルクの家に行った。福原氏の案内書によるとベルク協会になっているのだそうで、入口の呼び鈴の最初に Berg という表示があった。

 頑張ってヒーツィング墓地まで歩き、ベルクの墓を訪ねた。木の十字架に小さくベルクの名が読み取れる、予想以上と言って良いごく簡素な墓だった。

 バスでヒーツィング門前まで帰り、近くのカフェで昼食の後、シェーンブルン庭園に入った。大温室の右側を通って緩やかに登る道は植物園になっていて、途中にマキシング門というのがあり、そこを出てみると近くに「こうもり」の家が見えた。

 引き返して、ツツジや、中国原産と表示された木の白い花が盛りで美しい道を登っていくと、途中から森に入り、なお進むと、動物園の入口を通って、グロリエッテの横に出た。こんな登り方もあるわけだ。空気がとても良く澄んでいて、カメラに収まったかどうかは判らないが、カーレンベルクの展望台がはっきりと遠望できた。グロリエッテは相変わらず修復中で、展望台への入口が右側に変わっていた。

 展望台へは上がらず、しばらく休憩して宮殿に向けて下った。庭園の花の植え込みが素晴らしく綺麗で、近づいて見るとすべて、オランダから来たチューリップだった。パネルが設置してあり、植え込みのブロックごとの種類名が表示されていた。

 馬車博物館に寄り、ハプスブルク皇室の誰彼と関わりのある沢山の馬車やソリ、洋風のかごや蓮台を見た。一番奥に展示されていた、祝賀儀式用の8頭立ての馬車の豪華さは圧巻だった。エリザベス皇妃が暗殺される直前にジュネーヴで使用していた馬車や、皇太子ルドルフのための子供用の馬車やソリなど、ハプスブルクの落日に関わる人たちの名が多く見られた。

 ヒーツィング界隈は、シェーンブルン宮殿と合わせて探訪するコースとして、良いと思う。