ハイドンの「四季」-6.23

Last-modified: Tue, 20 Jul 2010 16:41:05 JST (2865d)

 ムジークフェラインの大ホールで、サヴァリッシュ指揮の「ヴィーン交響楽団」、Wiener Singvereinなどによる、ハイドンのオラトリオ「四季」を聴いた。パルテレの後ろの方だったが、今日は前の席が空いていて(休憩の後は立ち見席かららしい人が座ったが)、近頃私の周囲に空席があるというジンクスは今日も続いた。「四季」を聴くのは5月7日についで2回目だが、演奏者の格は今日の方がずっと上で、合唱の仕上がりも見事。やはりサヴァリッシュは素晴らしい指揮者だ。曲の彫り込みが深いと感じる。チェンバロも自分で弾く。

 2回目なので歌詞の内容も前回よりは理解でき、楽しんで聴けた。今日の演奏を聴いて、「四季」がますます好きになった。「驚愕」の第2楽章の転用も楽しく、モーツァルトの「フィガロ」や「魔笛」を思わせる雰囲気の部分などもあって、晩年のハイドンの、熟成し切った音楽に接したという印象が強い。「四季」は、これからの私の人生にとってこよなき伴侶になってくれるだろう。

 終演後、帰りかけて後ろを振り向いた。ライトアップされたムジークフェラインの夜景が殊のほか美しく、今日で最後なのだと思うと、思わず涙が出そうになった。沢山の人が、怪訝そうに私を見て通り過ぎる。たった今出て来たばかりの建物を振り返って眺めている東洋人の感慨など、理解できるはずはなかろう。

 有り難う! そして、さようなら、ムジークフェライン! お前はやはり、世界一の演奏会場だ。ぜひまた、お前に逢いたい! 眺めているうちに、本当に涙が出た。私の生涯で、建物を見ながら涙を零したのはこれが初めての経験だと思う。猛然と、ぜひまたヴィーンに来よう! 少なくとも、もう一度はこのホールで音楽が聴きたい! と思った。1時間でも早く岡山に帰りたいという懐郷の念と、離れる前からまた来たいというヴィーンへの愛着。これは矛盾だろうか。ワープロを打ちながら、もう一度涙が出た。

 涙もろくなったのは歳のせいだろうか。母の位牌との対面がつらい。