ケッヘル番号の由来とその変遷

Last-modified: Wed, 21 Jul 2010 20:50:14 JST (2832d)

 モーツァルトの作品に付けられているいわゆるケッヘル番号は、元来は植物学が専門だった Ludwig von Köchel (1800-1877) が、モーツァルトの作品を作曲年代順に整理して作成した目録(Chronologisch-thematisches Verzeichnis sämmtlicher Tonwerke W. A. Mozarts)の通し番号であり、1862年にブライトコップ社から出版されている。作曲者の死後70年を経過して出版されたこの目録の番号は、1877年から1905年にかけて出版された旧モーツァルト全集(AMA)に採用されて一般化し、現在ではモーツァルトの作品番号として完全に定着している。

 ところで、ケッヘルがこの目録を編集したときの貴重な資料の一つに、作曲者自身が記録した自作品目録(後述)があったことは、意外に知られていないのではなかろうか。ケッヘル番号の由来を説明する時、「モーツァルトは自分では作品に番号を付けなかったので…」などと語られてきたことが多いのだが、このいわば間違った説明が、自作目録の存在を忘れさせる大きな原因になっているのではないかと思われる。

 もう一つの貴重な資料として、父親レーオポルトが作成した、息子ヴォルフガングの幼少年期の作品に関する記録があるのだが、これについても自作品目録のところで併せて触れる。

 さて、このケッヘル目録は、まず1905年に、P. Graf Waldersee による改訂第2版が出版され、さらに、Alfred Einstein による改訂第3版が1937年に刊行された。このアインシュタインによる改訂はかなり大掛かりなもので、初版の出版以後に発見された作品などの追加や、誤って目録に入れられていた偽作や他の作曲家の作品などの抽出(例えば、K350 の番号を与えられていた「子守唄」が、B.フリースの作品であることが指摘されたのはこの版である)が行われ、かなり多くの作品の作曲年代順が入れ替えられている。

 その際アインシュタインは、ケッヘルの付けた番号はそのまま残した上で、改訂番号をそれに付加する方法をとっている。いわゆる二重番号付けである。例えば終楽章にトルコマーチを持つ「ピアノソナタ イ長調」は、K.300e = 331 のように示されている。この場合、太字の 331 はケッヘルの付けた番号であり、 300e はアインシュタインの改訂番号である。

 CDなどでこの二重番号を採用している場合は、K.331(300e) のように示されているのが普通であり、改訂番号のみを K-E.300e または K3.300e のように示すこともある。この場合、E はアインシュタインの頭文字であり、上付きの小さな数字3は第3版を意味している。このように各版の版数を K に添えて示す方法はかなり多く使われており、例えば、K1.350 とあれば前記の「子守唄」を指しているわけである。

 アインシュタインの改訂版(私の手元にある第4版は1958年に刊行されたものだが、校訂者はやはりアインシュタインであり、内容体裁とも第3版と大きな違いはない)は、かなりの期間大きな影響力を持っていたようだが、生誕200年をきっかけとして一段と活発になったモーツァルト研究は、アインシュタインの業績を認めながらも、さらに優れた改訂版の刊行を促すことになる。Franz Giegling, Alexander Weinmann, Gerd Sievers の3人によって、1964年に出版された第6版である(私は1965年出版の第7版を持っているが、内容は第6版と同じである)。

 番号の示し方はアインシュタイン版と同様に二重番号になっているが、幾つかの重要な変更が行われているほか、新しい分類によるジャンルごとの索引や、付録の部分の全面的書き直しなど、体裁の点でも一新されている。この新改訂版の登場によって、従来の総ての版がモーツァルトの最初の作品として K.1 の番号を付けていた「メヌエット ト長調」が、2つのメヌエットと見なすのが相応しいと指摘され、しかも、この曲以前に作曲されていた4曲の作品が新たに発見されたために、K6.1e 及び K6.1f の番号が与えられた。

 ところで、次に述べる新モーツァルト全集(NMA)の中には、主として最近発見された作品などが、ケッヘル番号なし(K6.deest)で印刷されている。また、レコードやCDの中には、K.45a の番号を持つ交響曲が2曲収録されていたり、モーツァルトの作品であるかどうかが確定されていない曲も存在する。これらの例のように、ケッヘル目録は今後もなお改訂が続けられる必要がある。ずっと以前の情報だが、没後200年に当たる1991年の出版を目指して、最近のモーツァルト研究の成果を集大成する形で改訂新版が準備されていると聞いていたが、いまだに刊行されていない。新全集はベーレンライター、ケッヘル目録はブライトコップという出版社の違いも一つの原因なのかもしれない。

 ケッヘル目録の今後の展望について述べる以下の内容は全くの私見に過ぎないが、はっきり言って見通しは明るくない。1991年には刊行されると言われていた改訂新版が2007年も終わる今になってもまだ出版されていないという事実がまさにその困難さを示しているのだが、作曲家の総ての作品を網羅する形での作品目録の先駆と言えるケッヘル目録の編集者たちが今遭遇して頭を抱えているのは、恐らく、「船頭多くして船山に登る」という、かなり言い古された諺の強烈な実感体験ではないだろうか。

 ケッヘル目録の暗い将来に展望を見出すためには、皮肉なことに、作曲された順に番号付けをするというこの目録本来の行き方を断念すことにあるのかもしれない。