「弦楽セレナーデ ト長調」-この項の序にかえて-

Last-modified: Wed, 21 Jul 2010 20:05:34 JST (2893d)

 モーツァルトという名の作曲家が私にとって特別な存在になったのはいつだったか、遠い昔のことで出会いの日は定かではない。中学部の3年か高等部の1年か、60年ばかりも経た今となってはそれさえも曖昧な頼りない記憶だが、きっかけになった曲は歴然としている。モーツァルティアンの多くが語るように、「弦楽セレナーデ ト長調」(Eine kleine Nachtmusik KV525)である。

 その頃、堀内敬三が解説していた『音楽の泉』というNHKのラジオ番組(その頃はテレビは勿論なかったし、民間放送もまだ始まっていなかった)があって、たしかその番組の中で取り上げられたのではなかったろうか。この曲は当時いろいろな番組のテーマ音楽としてよく使われていたのでどの楽章も個別には馴染んでいたのだが、4つの楽章を一連の流れとして、つまり通して聴いたのはその時が初めてだったのではないかという気がする。

 今ではもう年末恒例の音楽行事としてすっかり定着しているN響の『第九』に、合唱団員として参加する機会に恵まれていた私にとって、ベートーヴェンの幾つかの交響曲は既に馴染みの曲だった。ベートーヴェンが刻苦精励の結晶として築き上げて見せた音楽の世界は垣間見る程度には見たつもりだったし傾倒もしていた。しかし、これほどまでにさりげなく完璧な世界を描いて見せるモーツァルトという作曲家とは…。

 その日から、僕はモーツァルトにのめり込んだ。そして60年になる。

(注) 別項(自作品目録)で触れることになると思うが、この曲は本来は5楽章になる筈だったらしい。モーツァルト自身が記入した作品目録の65番目には、現在の第1楽章アレグロと第2楽章ロマンスの間に、現在の第3楽章のメヌエットとは別の、もうひとつのメヌエット楽章が記入されているのである。