「シャーンドル・ヴェーグ」と「カメラータ・アカデミカ」

Last-modified: Mon, 19 Jul 2010 19:39:47 JST (2866d)

その1 -94.11.8

 どうしようかとかなり迷った末、コンツェルトハウスに行く。当日券売り場が開いていないので待っていたら、東洋人の女性に「券を買って貰えないか」とドイツ語で話しかけられ、80シリングで買った。音楽でヴィーンに留学している韓国人だった。  ザルツブルクの「カメラータ・アカデミカ」の演奏会。「要望に応えて来年はヴィーンでの演奏会の回数を増やす」と案内に書いてあったので、ヴィーンでも評判の良い団体なのだろう。行って良かった。モーツァルトとハイドンの取り合わせで、ヴィーンの音楽を堪能した。

 モーツァルトのオペラ、「ルチオ・シッラ」の序曲は以前から聞き覚えていて懐かしい。2曲目の、R. ブッフビンダーの弾いた「ピアノ協奏曲ハ長調 K503」(第25番)が素晴らしい。ピアノと管、弦のやり取りが実に楽しい。受け渡しや受け継ぎが。なぜあんなに自然なのだろう。楽員みんながスコアを、つまりこの曲全体を熟知している感じがする。  

 端正なピアノは、アンサンブルの一人として弾いているようだ。それでいて面白いことをやった。1楽章のカデンツで、出だしはいかにもモーツァルト風に弾き出したのだが、第2主題のメロディーが途中からフランス国歌の「ラ・マルセーユズ」になった。おまけにベートーヴェンの「運命」の頭まで出てきた。見事に遊んでいる。一瞬の出来事だったので気がつかなかった人も多いかもしれない。

 休憩の後は、ハイドンの「交響曲第98番変ロ長調」。やはり素晴らしく楽しい。ハイドンのアダジオをあんなにしみじみ聴いたのは初めてのような気がする。第4楽章の、いかにもハイドンらしい茶目っ気が実に楽しい。チェロ奏者の一人が最後だけチェンバロに移って弾く。アンコールはこの曲の第4楽章をそのまま繰り返した。

 指揮者のシャーンドル・ヴェーグさんは腰の曲がった年寄りで、ステージへの出入りの階段はホールの係員の手を借りている。ステージを歩くのもヨタヨタ、どっこいしょと指揮台に上がり、ゆったりと椅子に座って指揮をする。晩年のベームを思い出した。ここはコンマスが最初に登場し、最後はコンマスの合図で全員がお辞儀をした。和やかな雰囲気が出てとても良い。メンバーは30人ばかり、小編成のオケの標準的な数なのだろうか。

その2 -95.5.31

 コンツェルトハウスの大ホールで、シャーンドル・ヴェーグ指揮のカメラータ・アカデミカの演奏を聴いた。曲目はモーツァルトのオペラ「皇帝ティトの慈悲」序曲、同じくモーツァルトの「ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調 K216」、最後はバルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタの為の音楽」だった。

 この取り合わせは昨年の11月にやはりこのホールで聴いて物凄く感動した。今日もやはり素晴らしい。ヴェーグさんは相変わらずヨタヨタと出てくるが、椅子に座って振り出すと肉体の衰えを感じさせない。見事なアインザッツとアンサンブル。指揮者とオーケストラが、これほどの一体感を醸し出す演奏にはなかなか巡り合えない。統制されたものではなく、指揮者の持つ音楽性に共感し切ったメンバーの集まりだと感じさせる。ヴェーグさん、長生きしてください。

その3 -08.1.13

 シャーンドル・ヴェーグが亡くなったのは、1997年1月7日、私が2度目にヴェーグの姿を見てからわずか1年半ばかり後のことである。1912年生まれのこの指揮者としては相応の寿命と言えなくもないのだろうが、それにしても惜しい。欲を言えばモーツァルトの交響曲全集を、せめて舞曲集の抜粋くらいは、手兵のカメラータ・アカデミカを指揮して録音を残しておいて欲しかったと思う。

 この取り合わせに惚れ込んでドブリンガー書店でCDを買ったのが、11月だったか6月になってからだったか、それはもう憶えていない。アンドラーシュ・シフがピアノを弾いた、9枚組の、モーツァルトのピアノ協奏曲集だった。買いたいCDは幾らもあったが、日本に持ち帰る時のことを考えて我慢に我慢を重ねて来た。しかしこれだけはぜひ、という思いに駆られて遂に買ってしまった。

 ヴィーンの住居にはテレビやカセットデッキはあったがCDの再生機はなかったから、聴いたのは日本に帰ってからだった。ピアノ協奏曲に関してはザルツブルク時代の作品はあまり多くないが、その中で私が一番好きな K271(第9番変ホ長調)を最初に聴いて、テンポの設定が馴染めないと感じたのが原因でしばらくは聴く気にならなかった。

 しかし今は、日本に帰ってから買った10枚組の『セレナーデ集』とともに、年間何度かは聴くお気に入りのCDになっている。